古いPC関連機材

最終更新:1999/09/21

楽隠居状態のもの

NEC PC9821Xt13/C12
・RAM 128MB, HDD 4GB
 1995年12月購入。既にK12モデルが出ていたんですが、キーボードにWindowsキーだのアプリケーションキーだのが付いているのがイヤで、必死で探した挙げ句にアウトレットショップで展示品を購入しました。MS-DOS6.2とWindows3.1も手に入り、Windows95への無償アップデートも利用できたのでいい選択だったと思います。
 RAMは本体購入時に16MB、その後32MB、64MBと増設して計128MB。SIMMスロットが8つあるのは非常に有り難いです。RAMは倍々で増設しているのに購入価格はその都度安くなりました。恐ろしい世の中です。HDDは標準のIDE 1.2GBにSCSIの1GBと2GBを内部増設しています。Xt13はベイが独自仕様なので、スペーサーを噛ませた上でアルミ板と針金で固定しています。…ちゃんと動きますよ。

・スキャナ EPSON GT6000
 PC9801RA2をメインマシンとしていた時からの愛用品。専用パラレルI/Fで接続しています。DOS上では気に入った取り込みソフトがなかったために、周りからの悪魔の囁きもあってGTRというフリーソフトを自分で作ってしまいました。ちゃんとプログラミング用のマニュアルが付属していたんですよね。今では考えられないことなのかもしれません。
 購入当時はかなり値が張りましたが、現在でもとくに不満なく使っているくらいなので、いい買い物だったのだろうと思っています。今だったら同じ性能のものが1/3の値段で買える事実は厳然とあるんですが。(ちょっと遠い目)

・FAX-Modem SONY SMD341W
 1MBのRAMを内蔵していて、単体で自動的にFAXを受信して蓄えてくれるスグレモノのFAXモデム。あまりにも便利なので手放せなくなってしまい、このモデムを使わなくなってからも紙のFAXは一切使っていません。現在は冬雪花氏のところで活躍中のはず。

・MIDI-I/F Rorand MPU-PC98II,MIDI音源 Rorand CM64, SC55
 これらもRA2の時からの愛用品。MPUとCM64は「みゅーじ郎」というセットで購入しました。SC55は、Mk2が発売された後に中古で購入。私は全然音楽には詳しくないし、曲データを自分で入力したことすらほとんどないんですが、マルチメディア(?)MIDIプレイヤーMIMPIの存在と、ある人物の陰謀によってすっかりMIDIにハメられてしまいました。その人物は私がMIDIのMの字くらいしか知らない時にMT32という音源をI/Fとセットで貸してくれ、その後MIMPIにも出会ってちょうど面白くなって来た頃にサッと取り返して行ったのです。私は泣く泣く大枚はたいて「ミュージ郎」を購入するしかありませんでした。

・バスマウス フジオン TheMouse2R
 RA2の時からの愛用品です。とくにどうという特徴があるわけではないんですが、大きさ、形、フィット感、ボタンのクリック感など、とにかく気に入っています。予備にもう一つ買ってあることはあるんですが、どうやら既に製造中止になっているようで、先行きにちょっと不安を感じています。「これ!」というマウスには、なかなか出会えないものなんですよね。
 もっとも、タブレットを導入してからマウスで絵を描くことはほとんどなくなりましたから、以前ほどマウスに対して厳しい見方をしなくなって来ていることも確かですが。

・デジタルカメラ RICOH DC2L
 今や骨董品とも言えそうな、37万画素クラスのデジタルカメラ。一般ユーザー向けのデジカメとしてはほとんど最初期の製品で、そのデザインは今の常識からするとかなり無骨。それでもこのクラスとしては画質も良好で、贅沢を言わなければまだまだ充分使えます。TypeIIのPCカードがそのまま挿せるのも、結構便利。
 どちらにしても、牛丼の吉野家の懸賞に当選してもらったモノなので、文句は言えません。(笑)
DEC Digital HiNote Ultra 475CT
・RAM24MB, HDD 2GB
 1996年11月購入。ベッドの上で書き物をしたくて手軽なサブノートを探していたところ、ある日アウトレットショップでこのマシンと出会ってしまい、予定よりも少々予算オーバーだったにもかかわらずその場で購入してしまいました。既に次世代モデルが発売されてから久しく、中古ショップでもまず見かけないという状況で新品を見つけてしまったのは運命と言えるでしょうか。(笑)
 CPUは486DX4-75MHzですが、Windows95もかなり実用的に使えます。TFT液晶もそれなりに見られる水準だし、何よりキーボードが広くてタイプしやすいのが嬉しいです。一時期ノートパソコンはやたらと「小さい」ことにこだわった製品ばかりになってしまっていましたが、その後ようやく「薄い」「軽い」ことを重要視する製品が出るようになり、嬉しい限りです。このマシンはその思想の先駆けとも言える製品でしょうね。
 RAMは標準8MBに16MB増設して24MB(これ以上増設出来ないのはちょっと残念です)、HDDは標準の500MBのものを2GBに取り替えました。電子ブック版の広辞苑やリーダーズ英和辞典ほか数冊を丸々入れておけて、ホットキー一発でサッと引けるのは非常に快適です。Delphiでのプログラミングもしちゃいます。
 実は、このページもほとんどこのマシンで書いたものです。
 1998年10月に突然バッテリから煙を噴き、第一線から離脱。今はバッテリを外してACアダプタ接続専用マシンとして余生を送っています。

・ZIP iomega zip drive 100 SCSI
 一体どれが型番なんだかわからないこの製品、「どうもウチではうまく認識されないから」と、知り合いの方からロハでいただいてしまいました。強烈に安いドライブ価格とオモチャみたいな外観に、とくに抵抗もなく「あ、どうもどうも」などと受け取ってしまいましたが、使ってみると結構読み書きも速くて、かなり実用的な感触で驚きました。デスクトップの方にはMOとCD-R/RWがあるので、その手軽さを生かしてノートの周辺機器として使おうと考えています。(ということはまだあまり使っていない)
 痛いのは、やはりメディアの価格が高いこと。1998年4月現在で、1枚1,300円ほどします。230MBのMOが1枚700円ほどですから、かなり割高感があります。使い方によっては、そのくらいの差は吹き飛んでしまうメリットがありそうだとは思っていますが。
SHARP X68000ACE
・RAM 6MB, HDD 100MB
 兄から譲り受けたもの。兄が購入した当時は『スペースハリアー』や『源平討魔伝』などで散々遊ばせてもらいました。アーケードゲームマシンが家にやって来たみたいで、非常にショッキングでしたね。その後一部の熱烈なファンとも言えるユーザーたちの手によって各種の素晴らしいフリーソフトが揃い、非常に魅力的な環境が構築されました。私も一時は結構ハマって可愛がっていたんですが、やはり時代の波には勝てず、今はほとんど電源を投入することもなくなってしまいました。
 RAM は内蔵2MBに加えて拡張スロットにI/O-dataの4MB RAMボードを挿しています。HDDはキャラベルの外付けSCSIタイプで、システムサコムのSCSIボードに接続してSXSIで認識させています。
 SCSIを認識させるドライバまでフリーソフトというところが、やはりこのマシンの凄さを物語っていますね。私も個人的に非常に好きなパソコンなんですが、いやはや本当に残念です。…使っている人は、まだちゃんと使っているんですけどね。

・CRT SHARP CU21HD
 X68000を兄から譲り受けたときに購入。PC98でもPC88でも使えてお得だからと、思い切ってしまいました。21インチの画面いっぱいにグラフィックを表示させると(とくに私のあまり広くない部屋では)やはり迫力で、フォーカスの甘さにもめげずに結構喜んで使っていたんですが、今はX68000と同様滅多に電源が入らなくなっています。場所ふさぎ、とは思いたくないんですが…。
NEC PC8801MA2
 私が出会った4台目のPC88。色々な紆余曲折の末、ほぼPC88シリーズ自体が消えかかった頃に私のもとへやって来ました。それだけにほとんど満足に使ってやらないままホコリをかぶらせてしまい、申し訳なく思っています。
 PC88には個人的にかなり長期にわたってのめり込んでいたため、このマシンに対してはいまだにどうしても「新しい88」というイメージがあります。
NEC PC88VA
 私が出会った5台目のPC88。倉庫の奥から引っ張り出されてきたらしい新古品を格安で購入。かつての憧れのマシンだっただけに、思わず衝動買いしてしまいました。一応256色のグラフィック機能を持っていたりするので20MBのHDDを接続してVz-Editorを動かしたりして遊んだりはしたんですが、やはりそれだけで終わってしまったような…。既にメインマシンにはPC9801RA2を使っていたので、それと比べてFDの読み書きが遅いのに閉口してしまいました。かつてはもっとチープな環境でバリバリ使っていたはずなんですけどねえ。

NEC PC8801FE
 私が出会った6台目の、恐らくは最後のPC88。正月にTVにつないでゲームをするために兄が買って来たものが、しばらくしたらいつの間にか私のところにありました。そう、このPC8801FEは、直接TVに接続できるという変わり種マシンだったんですね。非常にコンパクトにまとめられたデザインからも、NECのApple2cと呼ばれ…てはいませんでしたね。はい。どっちにしても古い話です。
NEC PC9801NA/C
・RAM 10MB, HDD 200MB
 これも兄から譲り受けたもの。発売当時はまだまだ高価だったカラーTFT液晶搭載のマシン。640x400pixelで4096色中16色という低スペックが逆に幸いしているのか、非常にシャープで美しい画面です。DOSマシンとしてはまだまだ使える状態にありますから、草の根BBSのホストでも始める時にはこれを使ってやろうなんて考えていたんですが、結局実現しませんでした。PCカードが使えないのがちょっと痛いですね。
 今は、手元にNECのPC98x1を一台残しておくための「保険」マシンという位置づけになっています。修理時の部品取り用に同じマシンのジャンク品をもう一台買って来たんですが、状態の良いものを選んでも値段が3,000円だったのは、嬉しいような悲しいような…。
IBM ThinkPad230Cs
・RAM 20MB, HDD 500MB
 最近になって、知り合いの方から格安で譲り受けたもの。かつて憧れたマシンが格安で手に入るという誘惑に勝てず…というパターンがここにも。B-TRONでも入れて遊ぼうかと思っていたんですが、金銭的時間的な余裕がなかなか捻出できずにそのままになっています。
 RAMは譲り受けたとき既に合計20MBに増設されていましたが、HDDは130MBだったものを自分で交換しました。今どきなら500MBクラスのHDDは格安で売っているものと考えて秋葉原に行ったら既に1GB以上のものしか置いていなくてあせりました。後日T-ZONEのアウトレット店で見つかったのは単なるラッキーです。

過去に愛用していたものたち

NEC PC8001
・32KB RAM
 私が初めてまともに触ったパソコン。父が事務所で売り上げ計算をするために購入したもの。RAMは増設して32KB(MBではありません)、外部記憶はカセットレコーダーという状態で、BASICでプログラムを組んで業務に使っていたんですから、今考えると大したものです。
 事務所のマシンがPC8801にアップグレードされた時、上記の売り上げ計算プログラムを提供した功績によって(?)私のものになりました。深夜に自室で『ORION』がプレイ出来るというのは、かなりの感動でした。CSKの『日本海海戦』というシミュレーションゲームも、グラフィックなど一切ナシにもかかわらず妙に面白くてハマりました。…なんか、ゲームばっかりやってたみたいですが。

・CRT SHARP ???
 型番忘れました。デジタル8色カラーの1600文字対応CRTでした。当時はこうやって、「一度に何文字の表示まで見るに耐えるか」でCRTの性能を表していたんですね。やはり80x25文字の表示ではちょっと見られたものじゃなかったことを覚えています。後に4050文字対応(つまりは24KHzで縦400ライン対応)のCRTを見て、その美しさにビックリしました。

・プリンタ EPSON MP80type3
 9pinのドットマトリクスプリンタです。解像度で言うと、60dpiになるのかな?(ちょっと自信なし)10インチ幅の連続用紙(両サイドにパンチ穴が空いているやつ)しか使えず、漢字を出力する機能もありませんでした。要するに英数字とカタカナだけでプリントしていたわけですが、後に高密度印字モードを使って16ドットの漢字やグラフィックを出力出来るようになり、非常に感動しました。

・NEC PC6082
 NEC純正のデータレコーダー。つまり、カセットテープにプログラムやデータを記録する装置です。普通のラジカセでも代用できたんですが、その場合は微妙なボリューム調整が必要だったり、それでもなおリードエラーが頻発したりという状況だったのです。ちなみに、PC8001におけるデータ記録速度は600bpsでした。
SHARP X1
 私が初めて自力で購入したパソコン。「パソコンテレビX1」の売り文句で登場した、数々の画期的なアイディアに満ちた魅力的なマシンでした。TV兼用のCRTとトータルでコーディネイトされたデザイン、三種類から選べるカラーリング、PC画面とTV画面をハード的に重ねられるスーパーインポーズ機能、ピクセル毎に色指定可能なPCG、ATARI使用のジョイスティックコネクタ、ランダムアクセス可能な上にBASICコマンドでイジェクトまで出来る2700bpsの超高速電磁メカカセットデッキなどなど…。G-VRAMが別売というのも結構凄かったかも。(笑)
 このマシンのホビーパソコンとしてのコンセプトはその後X1-turboを経てX68000へと結実したわけですね。その後この路線のパソコンがなくなってしまったことは、返す返すも非常に残念です。
NEC PC8801
・漢字ROM, 128KB 増設RAM, ROMBO2, PCG8801, etc...
 父の事務所のマシンがPC8801Mk2MRにアップグレードされたということで私のところへ来た、元祖PC8801です。もちろん、私が出会った最初のPC88ということになります。筐体がスチール製だったことから、「鉄の88」と呼ばれていましたね。その後結構長い間私のメインマシンでした。ある意味では一番ハマッたマシン、と言えるかも知れません。プログラミング、通信、グラフィックなどなど、PC9801RA2を買うまでとにかくこれで全部やっていたんですから、我ながら凄いもんです。
 漢字ROMはかなり後になってから購入したのでNECのショップ(BIT-INN)にしか置いておらず、かなり高い買い物になったのは苦い思い出です。それでもJIS第一水準だけにしか対応出来ず、第二水準に対応するにはサードパーティ(メーカー名は忘れました)のROMBO2を購入しなければなりませんでした。このROMBO2には256KBの増設メモリが搭載されていて、それ以前に増設していた128KBと合わせて384KBという8bitsマシンとしては破格の大容量になったんですが、汎用的なドライバがあるわけではなく、対応しているソフトもほとんどなく、結局はRAMディスクにしか使えなかったというのは悲しい事実です。それでもCP/M80を使う時には結構重宝しましたけれど。
 PCG8801というのはHAL研究所が発売していた「プログラマブル・キャラクタ・ジェネレータ」です。要するにテキストとして表示する文字のドットパターンをソフト的に書き換えられるようにするというもの。BASICではとても遅くてグラフィックを使ったゲームなど作れなかったこの時代、PCGを使ってドット描きしたキャラクタを使えば一応それらしいゲームが作れたという、有り難い代物でした。
 ちなみに、私が出会った2番目のPC88は上記の父の事務所に入ったPC8801Mk2MRで、3番目はかなり後になって知り合いの方から譲っていただいたPC8801Mk2SRでした。どちらも今は人手に渡っています。

・CRT NEC PC8853N
 4050文字対応(!)のデジタル8色カラーCRT。発売当時の最高級機でした。デジタルカラーだけあってフォーカスはバッチリで、非常に鮮明な映りだったように記憶しています。

・5inchFDD NEC PC80S31
 5インチ両面倍密2ドライブのFDD。カッコンカッコンと賑やかなアクセス音を響かせてよく働いてくれました。ある時期からドライブ1の中のバネがイカれて、イジェクト時にFDが飛び出して来なくなっちゃっていましたが。
 両面倍密のFDは、1枚320KBの大容量。最初はこんなに広いのどうしようかと思いました。実際、グラフィックのイメージデータや漢字変換の辞書なんかを入れるようになるまで不足と感じたことはありませんでしたね。使うようになった当初はまだFDのメディアが1枚千円くらいしていて、清水の舞台からダイブする気持ちで10枚セットを買った覚えがあります。

・AIWA PV-A2400
 2400bpsのモデム。FAXモデムではありません。MNPもV.42bisもありません。本当にそのまんま、単なる2400bpsのモデムです。当時はまだモデムというと1200bpsが主流で、確か私の知る限り個人向けの製品として2400bpsのモデムが発売されたのはこれが最初だったはずです。当然「文字化け」には悩まされましたが、「読めない速度で画面を流れていくログデータ」には大いに感動しました。MNP5が巷に普及するまでは、これを唯一のモデムとして使っていました。
SONY HB-75
 MSXマシンです。ひょっとして既に知らない人も多いのでしょうか。ASCIIとMicrosoftが世界規模でぶち上げた家庭用8bitsパソコンの共通規格がMSXなんですが、事実上ゲームマシンとしてしか使われず、結果としては大コケとなりました。それでも非常に根強いファンが結構いて、アマチュアレベルでハードの開発までなされていたりするところはX68000やHP200LXと似ていると言えなくもありません。
 私がこのマシンを購入したのはPC88では出来ないゲームがやりたいというのが主な目的だったわけですが、グラフィックやプログラミングも出来るだろうという期待も持っていました。それでMSXマシンとしては破格の64KBものRAMを標準で搭載したこの機種を選んだわけですが、結果として開発環境を手に入れることも出来ずに宝の持ち腐れになってしまいました。非力なマシンで色々な用途を実現することは一応可能だけれど、それには大きな追加投資が必要になるという教訓にはなりました。
SONY HB-F1XD
 MSX2マシンです。懲りてませんね。(笑)
 今度は256色のグラフィック機能装備で3.5インチFDDも標準搭載ということで、これなら色々なことが出来るはずだと踏んだわけです。MSX-DOSというMS-DOSとファイル互換の取れるOSも開発され、その上でMSX-Cなどの言語も動くようになっていました。…しかし、結局はTVの画面でプログラミングするのは非常に辛いということが身に染みただけで終わってしまったようです。開発環境はやはり値が張りましたし、専用のCRTを購入する余裕もありませんでした。
 ゲームマシンとしてはかなり楽しませてもらったんですけどね。コナミの『激突!ペナントレース』にはハマりました。(笑)
NEC PC9801RA2
・RAM 4.6MB+8MB, HDD 1.4GB(最大時), CPU CX486DLC
 現在までの私のパソコン遍歴の中で、最も長くメインマシンの座にいたのがこれです。CPUはi386DX 16MHz、RAM は標準1.6MBに加えて内部に3MB増設可能という、購入当時としては最強のスペックでした。まだ巷の主流は286マシンで、NECの386マシンはPC98XL2とこのRA2しかないという時代でした。
 6年以上に及ぶ年月の間に、このRA2は様々なグレードアップを施されて行きました。RAMは内蔵3MBに加えて拡張スロットに8MB増設で計12.6MBに、HDDはSCSIの外付けタイプを100MB、180MB、240MB、1GBと買い足して行きました(購入価格はその度に下がりました)。後になってCPUもCyrix CX486DLCに交換し、わが愛機は「Intel入ってない」コンピュータになりました。他にもフレームバッファやスキャナ用パラレルI/F、FM音源ボードに加えてMIDI-I/Fボードなどが加わり、拡張スロットが足りなくなってI/O-dataの拡張I/O-Boxを購入する羽目に陥りました。ツクモ電機ブランドの3.5インチ2ドライブFDDを内部のFD-I/Fからフラットケーブルを引っ張って並列に接続したりもしていましたし、よくもまあこれだけいじられてちゃんと動いていたものだと感心してしまいます。…自分でやっといて感心するのも変ですが。

・CRT SHARP CU14AD
 RA2と一緒に購入した14インチCRT。非常にコストパフォーマンスの高い、人気モデルでした。素直な映りと真っ当な発色。多少にじみがあったのでCRTフィルタを使ったりはしていましたが、当時の水準から言ったら名機と呼べる機種だったのではないかと思います。

・CRT SHARP CU14KD
 事情により、ある時期からCU14ADの後がまに座ったCRT。この時期になると24KHzのPC98用CRTは既に行くところまで行ってしまっている感がありました。ノングレア処理された管面にバッチリ完璧なフォーカスで映し出される画面は、暗めに設定しておくと非常に目に優しいものでした。ただ、発色が全体に青みがかる傾向があったので、お絵描きにはあまり向かなかったようです。

・プリンタ EPSON VP1000
 RA2と一緒に購入した24pinドットマトリクスプリンタ。普及型として非常にバランスの取れた機能/性能を誇ってあれこれと役立ってくれましたが、カットシートフィーダがやたらと空回りするのには閉口しました。後に、同じ機種を使っていて同じ症状で怒っている人と出会いましたから、どうやらこの機種全体の問題だったようです。

・プリンタ EPSON MJ500
 A4版対応のモノクロインクジェットプリンタ。「マッハジェット」と呼ばれるシリーズの最初の機種です。VP1000からかなりの年月が経っているとは言え、その安さと出力の美しさには驚きました。LBP310を購入するまでは、Xt13でもこれを愛用していました。

・プリンタ SHARP IO735X
 まだまだ高価だった時代の、カラーインクジェットプリンタ。兄が購入したものを後になって譲り受けました。当時はインクジェットプリンタでグラフィックをカラー出力できるというだけで感動したものです。筐体がやたらと大きくても、インクとは別にクリーニング液のカートリッジが必要でも、電源投入時と切断時に数分かけてクリーニング動作をしなくてはならなくても、美しいカラー出力が得られるという魅力の前にはほとんど気になりませんでした。…技術の進歩というのは凄いもんです。

・MO 三井石油化学 QMD-130
 オリンパス製のドライブを採用した128MBのMOドライブユニットです。当時MOドライブを製造しているメーカーはIBMとオリンパスくらいしかなく、性能的にオリンパス製の方がかなり有利だという情報を仕入れた私は狙いを定めて探したんですが、候補に上った製品のうちその時点で実際に発売されていたのはこの三井石化のものだけで、それもほとんど扱っている店がないという状態でした。やがてあるMacショップでようやく見つけることが出来たのですが、当然98用のドライバとフォーマッタは注文して取り寄せてもらわなくてはなりませんでした。お店の方もよくこんな客に快く応じてくれたものだと思います。
 そんなこんなでかなり早い時期にMOドライブが手に入ったので、私と仲間たちのサークルはそれまでに作った同人ソフトを1枚のMOに全部詰め込んだものをパソケに出し、テクノポリス誌から「世界初の同人MO」のお墨付きをもらったりしました。内容的には大したことがなくても、世界初は世界初ですからね。(笑)

・MO Logitec LMO-450H
 230MBのMOドライブです。オリンパス製のドライブにこだわって選んだんですが、その甲斐あってか速度的にも満足でした。導入当初は、これ以前に使っていた128MBのものより格段に速いのに驚きました。なんと言ってもMOはメディアの価格が安いのがポイントです。ほとんど日本ローカルという現状がちょっと悲しいですが。

・フレームバッファ サピエンス スーパーフレーム2Σ
 フレームバッファというのは、標準では貧弱なグラフィック機能しか持たないPC9801でフルカラーグラフィックを扱えるようにするために拡張スロットに装着するグラフィックボードの一種です。これによって私のRAでも一応フルカラーグラフィックの表示/編集が行えるようになりました。かなり値の張るものなので自分では買えなかったんですが、ある事情とネット仲間のNORIさんのご厚意によって手に入れることが出来ました。今考えても非常にラッキーでした。
 それまでのデジタル8色やアナログ16色の画面とはまるで違うフルカラーグラフィックの世界は、当時の私にはただただ驚異でした。今でもまだ、フルカラーグラフィックの可能性を完全に理解しているとは言い難いところがありますが…。

・マウスタブレット ローレルバンクマシン NonキーちゃんDX
 このトホホなネーミングの代物は、キーボードコネクタとバスマウスコネクタに同時に接続してマウスの代わりに使うことが出来るという、変わり種のタブレットです。名前の通り(?)キーボードをエミュレーションする機能も持っており、本来はそちらがメインだったのかもしれないんですが、私は完全にマウスタブレットとして使っていました。解像度も精度もは決して高くはなく、ペンは有線で形も大きめのデジタル体温計のようで、ペン先スイッチのクリック感もやや重たい感じでしたが、それでも私にはとても使いやすい、有り難いアイテムでした。よくは覚えていませんが、これを使ってかなりの数の絵を仕上げたはずです。
 製品としてはかなりマイナーなものだったので、欲しいと思ったときにはもう扱っている店が全くなくなっており、仕方なく大枚はたいて(確か5万円強)取り寄せで購入しました。それから数ヶ月後、秋葉原を徘徊していたらどこかの倉庫から見つかったらしいアウトレット品として1万円で売られているのを見つけてしまい、あまりにも悔しいのでそれも買って帰ってしまったという情けないエピソードがあります。1万円で買って来た方のブツは、その後すぐ友人の真皆にそのままの値段で引き取られて行きました。
NEC PC9801N
 98NOTEの元祖です。私にしては珍しく、発売と同時に飛びついて購入してしまいました。CPUはV30、画面はモノクロ(正確にはブルーモード)STN液晶、HDDはなく、メモリも640KBのみというスペックながら、好きな場所でパソコンをいじれるというのは大きな感動でした。カードスロット(PCカードではなく独自仕様でした)にI/O-dataの2MB RAMカードを挿してEMSとして使い、専用モデムスロットにはOMRONの2400bpsモデムを装着して、ベッドの上で通信が出来る快感のために長〜いモジュラーケーブルを買って来たりしました。(これはまだ使ってます)
 主な用途は家の中で移動しての通信と書き物で、別コーナーに掲載しているショートショートの中にもこのマシンで書いたものがいくつかありますが、他にもかなり色々なことを試してみていました。内蔵RAMドライブを使って見にくい画面で無理矢理RPGをプレイしてみたり、喫茶店に担いで行って書き物をしてみたり、コミケ*やパソケのブースに持って行ってデモに使ってみたり…。やがてはベッドでの通信と書き物の用途に落ち着いて行き、それも3kg近い重量をベッドの傍から持ち上げるのが億劫なのとキータッチが重くて長時間のタイピングが苦痛なのとで段々と使用頻度が減って行くことになるんですが、今思うとこのマシンと戯れていたこの時期に、私はモバイルパソコンに開眼してしまったのではないかと思います。現在のHP200LXとサブノートPCへの傾倒のルーツはここにあり、というところでしょうか。
 現在は友人宅で故障と修理を繰り返されながら、まだ一応現役で使われているようです。なかなかに幸せな余生と言えましょう。(?)

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