ショートショート作品 No.017

『キャベツの子』

 まなぶくんはある日、前から確かめたいと思っていた事をお母さんに聞いてみました。
「ねえ、おかあさん、ぼくは、どこからうまれてきたの?」
「え?そ、それはね、あの・・・、そう!裏のキャベツ畑で生まれたのよ。うん。」
 そう言ってお母さんは、そそくさと台所へ行ってしまいました。
「があぁぁぁぁん!」
 まなぶくんはとてもショックでした。だって、まなぶくんはずっと、自分はお母さんのおなかから生まれてきたと思っていたんですから。
「ぼくはおかあさんの、ほんとの子じゃなかったんだ。ほんとはキャベツの子だったんだ。もしかすると、ぼくはそのうち、キャベツみたいに売られていっちゃうかもしれない。どうしよう・・・。」
 そしてまなぶくんは、お気に入りの青いリュックサックに大好きなマンガの本と一番大事なロボット、それにおやつのチョコレートを入れて、お家を出る事にしたんです。
 そろそろお日さまが夕日に変わるころ。
 いつも遊んでいる道が、今日はとっても寂しい道です。
「どこへいったらいいのかな・・・。」
 商店街で迷子になった時よりも、もっと心細いみたいでした。なんだか、おなかに重いものが入っているみたいです。
 まなぶくんは、いつもは行かない、知らない道を行ってみる事にしました。まなぶくんの足はお家に帰りたがっているようで、なかなかうまく歩けません。それでも下を向いて一生懸命歩いていると、ふと、前に誰かいる様な気がしました。
 まなぶくんが顔を上げてみると、まなぶくんと同い年くらいの女の子が一人、道端に座っていました。
「どうしたの?」
 まなぶくんは声をかけました。どうしてそうしたのかは、まなぶくんにも分かりません。その女の子が、まなぶくんと同じようにとっても寂しそうだったからかもしれません。
「あたし、いえでしたの。」
 女の子は、そう言いました。
「ふーん、すごいんだね。」
 まなぶくんは、すっかり感心してしまいました。だって、『いえで』っていうのは、たしか大人のお兄さんやお姉さんがするものでしたからね。
「あんたは、どこいくの?」
「え?ぼく?ぼくは・・・さあ・・・?」
「うふっ、へんなの。」
 女の子の笑顔が、まなぶくんのおなかに入っている重いものを、少し消してくれたみたいでした。
「あたし、あきこ。あんたは?」
「ぼく、ぼく、まなぶ。」
 まなぶくんは、あきこっていう名前に、聞き覚えがあるような気がしました。そういえば顔も、なんだか見たことあるみたいです。ご近所に住んでるんだから、あたりまえといえばあたりまえなんですけどね。
「どうしていえでしたの?」
 まなぶくんは、おなかの重いものが少し消えて、あきこちゃんの事に興味を持つ余裕が出て来たみたいです。
「あたしね・・・、捨て子だったの。」
「え゛っ!?」
 まなぶくんは、ぎくりとしました。
「あたしね、今日ママにきいてみたの。『あたしはどこからうまれたの?』って。」
「・・・・・・・。」
 まなぶくんは、一言もありません。
「そしたらね、『コウノトリが運んで来たのよ。』っていうのよ!」
「??トリが?」
「バカね。トリがこどもをはこんでくるわけないじゃない! きっとこじいんからたっきゅうびんでおくられてきたんだわ!」
「!・・・・・。」
 まなぶくんは、とっても、とっても、驚きました。
「・・・よのなかには、いろんなきょうぐうのひとがいるんだなぁ・・・。」
 まなぶくんがため息まじりにそう言うと、あきこちゃんは目をパチクリさせました。
「『きょうぐう』ってなぁに?」
「うん・・・、よくしらないけど、こういうときにつかうことばなんだ。」
「ふーん・・・。」
 あきこちゃんは、感心したようです。
 二人はならんで道端に座り、しばらく黙っていました。
 遠くでカラスが鳴いています。まなぶくんは、カラスの鳴き声を久しぶりに聞いたような気がしました。そういえばまなぶくんは、カラスを近くで見た事がなくて、一度見てみたいなって思っていたんです。
 カラスって、どこへいったらみられるのかな。まなぶくんは、そんな事を考えていました。
「おなかすいたな。」
「え!?」
 突然となりで声がしたので、まなぶくんはビックリしてしまいました。
 あきこちゃんは、まなぶくんの顔を覗き込んで言います。
「ねえ、おなかすかない?」
「ああ、そうか。うん、そうだね。」
 まなぶくんは、リュックサックの中から、チョコレートを取りだしました。そしてそれをパキッと二つに割り、少し迷ってから、大きい方をあきこちゃんに差し出しました。
「はんぶんづつたべよう。」
「うん!ありがと。」
 ニッコリとしてチョコレートを受け取ったあきこちゃんの顔が、夕陽を受けてオレンジ色に染まっていました。
 きれいだな。
 まなぶくんは、そう思いました。どうしてそう思ったのか、何がそんなにきれいだったのか、まなぶくんは、後でいくら考えても分かりませんでした。だけど、そう思っちゃったんだから、しょうがないじゃないですか。
 チョコレートを食べ終えると、あきこちゃんは言いました。
「・・・あのね。」
「なに?」
「あたし・・・かえる。」
「・・・・・。」
「やっぱり・・・、ママ・・・、しんぱいしてるよ。」
「・・・そうだね。」
「あんたは?かえらないの?」
「うん。かえるよ。」
「そう。じゃあ、こんどいっしょにあそびましょうね。」
「うん!」
「じゃあね。」
「うん。」
 そして、あきこちゃんは、オレンジ色の道を走って行きました。
 まなぶくんも走りました。
 お家に向かって。
 あんなにたくさん歩いたと思ったのに、お家まではすぐでした。台所で、お母さんが晩ごはんのしたくをしている音が聞こえます。
「お母さん!!」
「あら、まなぶくん、どこにいたの?」
「お母さん、お母さん!」
 そして、まなぶくんは、お母さんに抱きついて、いっぱい泣きました。
 そう、まなぶくんは、今まで泣くのを忘れていたんです。


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