【IT見栄講座】

第3講:『パソコンはダンプカーである』

 「これからはパソコンの操作が出来ないと時代に取り残される」というようなことが、直接的にも間接的にも、毎日のように聞こえて来ます。あらゆるマスコミがあらゆる手段でこれを吹聴し続け、最近では政府もこのことを認めているような感すらあります。当然、パソコンに縁のない人々の多くは焦りや挫折感にとらわれ、ほとんど強迫観念に駆られているような人もかなりいるようです。まったく馬鹿馬鹿しいことです。
 はっきり言いましょう。こんなのはデタラメです。パソコンの操作が出来るかどうかなどということは、仕事でどうしても必要だという人以外には大した問題ではないのです。私に言わせれば、マスコミや政府が本気でこんなことを信じているのだとしたら頭の中身を疑わざるをえません。

 まず、「これからはパソコンの操作が出来ないと時代に取り残される」などということは、15年以上前にも既に言われていたことです。一体、そこで言われている「これから」は何十年後に来るというのでしょうか。
 その当時はBASICというプログラミング言語を使ってパソコンを操るのが普通でしたから、「これからのビジネスマンはBASICでプログラムを組めないとダメだ」などと言われ、BASICを教えるスクールに通うサラリーマンが沢山いたものです。結果はどうでしょう。現在パソコンを操るにあたっては通常プログラミングを全く必要としませんし、何か特別な事情でプログラミングをするとなったとしても、当時のBASICの知識はほとんど役に立ちません。本質を理解しないマスコミが吹聴する未来像などというものは、その程度のものなのです。

 そもそも、ITというとパソコンを思い浮かべるようでは、ITについての認識が浅い証拠です。ITの本質はデジタルデータとネットワークであり、それを扱う端末はパソコンよりもむしろ携帯電話や電子手帳、銀行やコンビニなどに設置される自動窓口のような機器、はたまた電子レンジや冷蔵庫、湯沸かしポットや血圧計、TVやビデオや電話などの家電製品へと広がって行くことが重要なのです。
 森喜朗首相が、先頃こんな発言をしたそうです。
「正直言って、社会全体がIT社会へと変革していくことには個人的にためらいがある」「子供がテレビゲームに興じ、お父さんやお母さんがパソコンに打ち込んでいる家庭の姿を見ていると、これでいいのかと疑問が湧く」
 なんとまあ、お粗末な認識かとあきれてしまいます。家族の対話不足というのは確かに問題ですが、それは「子供が塾、両親はガーデニング」でも同じことであって、ITやパソコンには全く関係がありません。そして、「IT社会への変革=家庭へのパソコンの普及」と考えているのだとしたら、森首相はITについて何も解っていないと言わざるをえません。これまでにも何度か言っているので繰り返しになってしまいますが、IT社会への変革の本質はパソコンの普及や表面上のインターネット人口の増加などでは決してなく、デジタルネットワークによってもたらされる新たな恩恵を、特別に意識することなく誰もが簡単に享受出来るようになることです。そのために最も重要なのはネットワーク基盤の整備と様々な端末機器の対応、そして魅力あるコンテンツやサービスの提供です。要するに、利用者が講習を受けるなどして一生懸命に操作を覚えないとITの恩恵を受けられないような状態は、IT革命が進んでいない証拠でしかないということなのです。そして、既に携帯電話やゲーム機器、家電製品などから、そうした現状を打開する流れが確実に動いています。そんなところへ「IT講習券」などという馬鹿げた策を次々に持ち出して来る政府がこれからIT革命の邪魔にならないかどうか、本当に心配になります。

 パソコンについてもう一つ言っておきたいのは、現在のパソコンはまだまだ未成熟な代物で、決して誰にでも扱えるものではないということです。
 現状のパソコンは、ダンプカーのようなものです。確かに非常に便利だし、既に社会にとって必要なものになってはいるけれど、扱うにはそれなりの知識と技術が必要で、維持には金銭や手間などのリスクを伴うこともあり、仕事上どうしても必要という場合はあるにしても、一般の利用者全員が使うようなものではないのです。そして、そもそも一般の利用者の多くはダンプカーを必要としていません。大抵は乗用車や軽自動車を使う方が都合がいいですし、むしろ自転車が必要という人も多いでしょう。しかし、現状でそういった選択肢がなく、車といえばダンプカーしか存在しないということになったら、仕方なくかなり多くの人が苦労しながらダンプカーを使うことになるでしょう。現状のパソコンは、まさにそういう状態なのです。
 だとしたら、これから推進しなければいけないことは何でしょうか。多くの人にダンプカーの扱いを教え、ダンプカーの普及を促進することでしょうか。明らかに違います。手軽に扱えて性能の安定した乗用車の開発を急ぎ、ニーズに会わせて軽自動車やワゴン車などのバリエーションを充実し、ガソリンスタンドやサービスステーションなどでの技術的なサポートを行き渡らせ、利用者の便宜を図ることでしょう。IT機器についても同じです。大切なのは利用者がパソコンの操作を覚えることなどではなく、利用者が手軽にIT機器を使えるような状態に持って行くための努力を推し進めることなのです。
 経済企画庁発表の『主要耐久消費財等の普及率』という統計によると、2000年3月時点のパソコンの世帯普及率は38.6%。ビデオカメラ(37.9%)やFAX(32.9%)よりも高く、ゴルフセット(39.1%)に迫る勢いです。ダンプカーがこれだけ普及していると考えると、既に異様に高い数字だと思えます。買ったはいいものの結局使えずにもてあましてしまうという人が続出しているのも、ある意味当然なのです。これをこのまま単純にもっと普及させようなどというのは、やはり無茶だと思えます。いい加減、考えを改めなくてはならない時期に来ていると言えるでしょう。

 また繰り返しになりますが、携帯電話や電子手帳、メール端末やゲーム機器、電話やFAXやTVやビデオやカメラや電子レンジなどから、IT機器としてのバリエーションの波はどんどん広がり始めています。乱暴な言い方をすれば、これらの機器がパソコンの機能を急速に吸収しているわけです。本当の意味でのIT革命が進めば、現在パソコンでなければ出来ないことの多くが、これらの機器で出来るようになるはずです。また、パソコン自体も当然の進化として、特別な知識や技術がなくても手軽に利用出来るようになって行くはずです。
 つまり、現在パソコンを利用したくても出来ない人が多くいるのは、パソコンの方が悪いのです。パソコンがまだまだ未熟な製品だから、人間の方から歩み寄ってやらなくては使えないわけです。それでも、パソコンは現時点で既にかなり便利なものですから、ある程度の苦労をしても今すぐにその便利さを享受したい人や、仕事でどうしても必要な人は、パソコンに歩み寄る努力をするということになります。実際、事務分野を中心とした職場へのパソコンの普及が進み、操作を習得する必要に迫られる人がかなり多くなっていることも確かです。しかし、あくまでもそれが本来の姿ではないということは認識しておく必要があります。ここを勘違いするとたちまち全体の構図を見失い、間抜けなマスコミや政府と同じ愚を犯すことになってしまいます。
 パソコンは、まだまだダンプカーです。性能の安定した乗用車が登場するまで待つにしても、自転車のようなメール端末やゲーム機器で充分と考えるにしても、こうした現状と流れをしっかりと認識してさえいれば、決して「情報化時代」にも「IT革命」にも乗り遅れているわけではないことがおわかりになるはずです。無責任な煽り文句に乗せられて焦ることなく、じっくりと本質を見据えて行くことこそ、変化の激しい時代に取り残されないように生き抜くために必要なことではないでしょうか。

2000/10/18

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