【本の感想】

『暗殺の年輪』

 この本に収められているのは、藤沢周平氏の最も初期の作品群ということになるらしい。私としては、直木賞を受賞した表題作を読んでみたいと思って買った。
 さすがにと言うか何と言うか、「暗殺の年輪」はなかなか面白かった。大まかな話の流れは序盤から予想がつくものの、主人公の行動と心情の変化で飽きさせないストーリーテリングの妙や、常に読者が考える部分をどこかしらに残しておく語り口などを充分に楽しめる。結末もうまくまとまっていて、ちょっと感心させられた。
 この本に収められている作品群は、江戸時代を舞台にした時代劇であるという点は共通しているものの、題材もキャラクターもなかなかバラエティに富んでいる。侍の兵法試合から岡っ引の捕り物、出戻り娘のメロドラマのようなものまであって実に様々なのだが、通読してみると実はどうも印象が似ているのだ。どこが似ているのかというと、それは全編を通して感じられる「ハードボイルドの空気」のように思える。江戸時代、とくに侍の世界ということになると社会における人間の命の価値が現代の日本よりは相対的にやや軽いわけで、それだけで物語の様相がハードボイルド色をおびて来るのは自然なことだとは思うのだが、どうもこの作品群にはそれ以上にはっきりとそういう空気を感じる。葛飾北斎を主人公とした「溟い海」までがそうなのだから、これはもう筋金が入っているのだろう。
 穿った見方をすれば、これはとても一般受けしやすい方向性なのじゃないかと思う。更に、この雰囲気は時代物と非常に相性がいい。子供の頃から時代劇に親しんでいる日本人には、この題材とこの雰囲気をごく自然に受け入れる体制が予め整っているような気がする。もちろん、私も含めてだ。
 それだけに、あまり目新しさは感じられないのだが、非常な安定感と研ぎ澄まされたストーリーテリングの技のようなものを感じる。とりあえず、このクオリティには脱帽するしかないだろう。

1999/01/26
『暗殺の年輪』
藤沢周平 著
文春文庫(ふ1-1)

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