【本の感想】

『お金物語』

 例によって清水義範氏の短編集。ここに至って、とりあえず講談社文庫の清水義範作品を番号順に読んで行こうということにしたのだが、番号順で行くと『ビビンパ』の前になる『青春小説』という本が、どこの書店に行っても見つからない。大きな書店を中心にかなり探し回ったのだが、どこにもない。不思議なのは、他の全ての本が揃っているところにも、『青春小説』だけがないのだ。こうまで徹底的だと、何か事情があるのではないかと勘繰ってみたくもなる。もっとも、『青春小説』は清水氏の自伝的な作品とのことで、発禁になるようなものではなさそうだし(笑)、一体どんな事情なのか見当もつかないが。私としては、清水氏が現在『青春小説』を元にした新たな自伝(的な作品)を執筆中で、とりあえずこの本は増刷しないことになった、というくらいのシナリオしか浮かんで来ない。どなたか真相を御存知ないだろうか。

 閑話休題。
 この本は、お金に関するあれこれをテーマにした短編集だ。これまでに読んだ講談社文庫の清水義範作品集はどれも雑多な短編の寄せ集めだったが、この本は一冊丸ごとキッチリとテーマが統一されている。…だからどうだということはないんだけど。
 作品の内容はそれぞれなのだが、エッセイと小説の中間のような形態の作品が多い。基本的にはエッセイ風の書き方なのだが、一例というか典型例というか、とにかく例としてちゃんと名前のついたキャラクターがドラマを演じるというものだ。TVのバラエティ番組によくあるような雰囲気だろうか。この本を読んでみて、私はこの形態が「意外と使える」ものなのだと再認識させられた。短編小説ではなかなかキャラクターをしっかりと描き出すのが難しいし、場合によっては「典型的」なステレオタイプを示してさっさと筋立ての方を進めるということもある。それだったら肩肘張らずにこういう形態にしてしまっても効果として失うものはあまりないんじゃないか、と思えたのだ。私もそのうちこういうのを書いてみようか、などと思えて来る。そうして書いたものは「ショートショート」のページに入れるか「雑文」のページに入れるか悩みそうな気もするが、まあそれはその時になってから悩むことにしよう。
 全ての作品を通して、現代の日本人の目が金ばかり追うようになっていることを指摘し、面白がり、時にはエキセントリックに描き、それも必要ではあると認めるものの、やはり基本的には嘆いているという、実に一般に受け入れられやすい価値観が根底に流れている。それはつまり、実に安心して読んでいられるということでもある。そういう作品は内容も凡庸で面白くないことが多いのだが、そこはさすがに清水義範作品で、それなりに楽しませてくれる。
 その「それなり」ということを不満に思うかどうかで評価が別れると思うのだが、私の印象は割と良かった。とくに「貧乏な彼」は「今時の若者」の価値観と行動をかなり客観的な、それでいて好意的な目で見て描いているという、沢山ありそうで実は非常に希な作品で、私の好みにも合った。清水氏のさり気ない鋭さのようなものが、この作品にはよく出ていると思う。

 作品の感想とは関係なくとても印象に残ったのが、「黄金狂い」の中の地球における金の総量の話。なんでもこれまでに採掘された金の総量は約9万トンで、まだ採掘されていないと言われる4万トンと合わせても13万トンにしかならないというのだ。これはビックリである。全部固めて立方体を作ると一辺がたったの19メートルになってしまうらしい。1gが2,000円として金額にしてみても、260兆円にしかならない。日本の借金の半分である。「貴」金属なんだから少なくて当たり前という考え方もあるかと思うが、それにしてもこれ程とは。
 「お金」にまつわるドラマよりもこんな事実にビックリして喜んでいる私という人間は、本当にお金に困ったことのない幸せな人間であり、あるいはまだ切実にお金のことを考えたことのない若造なのかな、などと思ったりもする。

1999/05/19
『お金物語』
清水義範 著
講談社文庫(し31-8)

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