【本の感想】

『「青春小説」』

 ようやく手に入った。かなり長いことあちこちの書店を探し回っても手に入らなかったこの本は、船橋のブックオフの1冊100円コーナーで見つかった。この世は万事そんなもの、なのだろうとは思う。

 この本に収録されているのは、昭和43年へのタイムスリップを題材とした小説「三億の郷愁」、実在するノートを元にした作者の自伝的小説「灰色のノートから」2編と、あとがき、それに、いくつかある自伝的小説に関する作者のコメント文である。
 3編の小説はどれも読んでいてなかなか面白いが、どれも小説としてのまとまりは良くないと思う。70パーセントがノンフィクションという「灰色のノートから」はそれでも仕方がないかなという気もするが、「三億の郷愁」はちょっとプロットに工夫がなさ過ぎるんじゃないかと思えて、ということはつまり昭和43年という時代へのノスタルジーだけの作品なのかな、と、ちょっと残念に思える。いわゆる「団塊の世代」による「その時代」へのノスタルジーを綴った作品は今の世の中にはゴマンとあって、世代の違う私としては少々食傷気味だということもあるのだけれど、それ以上に、読んでいてわりと楽しめる作品だっただけにもうひと押し欲しかった、という気がするのだ。

 それにしても、どうしてこの本が書店から姿を消しているのかはやっぱり判らない。あまりにも「時代」にべったりの作品なので、時間が経って風化したという判断なのだろうか。しかし、それなら現在書店に並んでいる本の10冊に1冊くらいは既に風化してしまっていることになるだろう。あまりにも赤裸々に自らの青春時代を描いた作品を、後になって作者が恥ずかしく思うようになったのだろうか。しかし、清水義範氏はそういう考え方をする作家ではないように思える。事実、「灰色のノートからII」は雑誌掲載時にはもっと気取った部分があったのを、それではいけないと加筆修正したとのことだし、フォローとしてのコメント文も収録されているのだ。別に、発禁になったり「有害図書」に指定されたりするような部分があるとも思えないし、うーん…。謎は深まるばかりだ。
 もしかして、「たまたま出版社の手違いで増刷が大幅に遅れていた」というオチだったりするのだろうか。この世は万事そんなもの、なのかもしれないし。

2000/05/25
『「青春小説」』
清水義範 著
講談社文庫(し31-6)

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