【雑文】

『コンテンツビジネスの今日明日』

 先日私はちょっとした経緯で、インターネット上で配信販売されている音楽データの購入を初めて試みることになった。以下はその顛末。

 目的の楽曲は、インターネット上での配信のみで、しかも期間限定で販売されているもの。これが、今回初めての試みに取り組むことになった最大の理由だ。そうでなければ、私は店頭でCDを購入することを選んだだろう。音楽や出版物をはじめとするコンテンツをインターネット上で配信販売するビジネスが有望視されるようになって久しいが、これまでに実現されているそれらの事業の内容はどれもこれも根本的に間違っていると私は思っている。だから、コンテンツそのものにある程度の魅力を感じても、そうした販売形態を自分で利用したいとはこれっぽっちも思わない。今回はたまたま個人的な事情と気まぐれとで試してみる気になったのだが、その結果は私の日頃の疑念を裏づけるものだった。
 まず、目的の楽曲を販売しているページへのリンクの傍らに、注釈としてこんなことが書かれていた。

「この楽曲はWindowsのみでお聴きいただけます。Macには対応していませんのでご注意ください。」

 ちょっと嫌な予感はした。音楽データがWindowsにしか対応しないというのは、一体どういうことなのか。よしんば技術的にそういうことがあったとしても、売る側としてそんなことでイイと思っているのだろうか。そもそも、音楽データの再生環境としてWindowsとMacしか念頭にないなんてことが、今時あっていいのだろうか…?
 しかしまあ、私が今まさに使っているのはWindows2000だし、かなりの気まぐれを起こして音楽配信販売を試してみる気になったのだから、とりあえず大抵のことは受け入れようという心づもりで、あまり深くは考えないようにと自分に言い聞かせ、先へ進んだ。
 いよいよ購入ページだ。簡単な説明書きがある。どうやら、目的の楽曲データは二種類の形式で用意されており、そのどちらかを選んでダウンロードするようになっているらしい。一つは専用プレーヤ上で再生される、独自形式らしきもの。もう一つは、Windows MediaPlayerで再生される、WMA形式。前者なら歌詞とジャケット画像も楽しめるとあるのでちょっと惹かれるものはあったが、それにしても専用プレーヤでしか再生出来ないというのは何とも不自由だし、大体この一曲のためだけにプレーヤをインストールするのも馬鹿らしい。WMA形式の方を選んで、次に進んだ。
 購入申し込み用のフォーム画面になった。名前とふりがな、メールアドレスと、居住都道府県の入力を求められている。無闇に個人情報を取られるのは嫌だが、まあこの程度なら仕方がないだろう。メールアドレスは購入確認に必要なのだろうし。ということで、全て入力して、次に進んだ。決済方法はプリペイドカードを含めて数種類から選べたが、私が利用出来そうなのはクレジットカードだけだったので、それを選んだ。
 注文実行用のフォーム画面になった。SSLを使い、クレジットカード番号の入力を求められている。あまり気持ちのいいものではないが、これをやらなければ始まらないので、SSLを信じてエイヤッと番号を入力し、次へ進んだ。
 ダウンロードページへのリンクが出て来た。「ダウンロードが完了した時点で課金されます。失敗した場合には再度ダウンロードしてください。」とのこと。なるほど、そりゃそうだ。リンクをクリックし、ダウンロードページに進んだ。

「Netscapeをお使いの方は、決済用のプラグインをインストールしてください。」

 …は?
 説明を読むと、確実に決済をするために、そのためのプラグインソフトをブラウザにインストールしなくてはならないらしい。何とも気持ちの悪い話だ。それに、「Netscapeをお使いの方は」とあるからには、IEならその必要はないのだろうか。それならIEを使ってやり直そうかとも思ったが、よく考えたら私が使っているIEは便利でヤバそうな機能は全てOFFに設定してあるので、この手の用途では問題が出る可能性が大きい。かと言って、このために設定を変えて、後でまた元に戻すのもあまりに面倒だ。私は仕方なく、決済用のプラグインとやらをインストールすることにした。まあ確かに、決済を確実に行い、かつ二重課金を防いだりするためには、それなりの細工は必要だろうと思える。
 プラグインをダウンロード、インストールし、ブラウザを再起動して、また最初から同じ手順を繰り返した。クレジットカード番号の入力にも、今度は躊躇がなかった。人間は、何にでもすぐに慣れてしまう生き物らしい。
 今度はちゃんとダウンロードページが出て来た。やれやれと思って、ダウンロード実行ボタンをクリックする。しばし悩むような間があってから、こんなメッセージが表示された。

「Windows MediaPlayerがブラウザに組み込まれていません。この楽曲を再生するには、MediaPlayerがブラウザに組み込まれている必要があります。現在お使いのMediaPlayerをアンインストールし、最新のMediaPlayerをダウンロード、インストールして、ブラウザに組み込んでください。」

 …おいおい。
 私は今でもMediaPlayer6を愛用している。MediaPlayer7の画面デザインが気に入らないということもあるが、最大の理由は、ファイラーから手軽に起動するにあたってはシンプルな挙動をするMediaPlayer6の方が都合がいいからだ。どうやらこのWMAデータは、コピープロテクトの関係でブラウザに組み込まれたMediaPlayer7を必要とするらしい。私には、そのために気に入らないMediaPlayer7をインストールするつもりなど毛頭ない。
 仕方なく、またしても最初の画面に戻って、専用プレイヤーで再生する独自形式の方をダウンロードすることにした。三度目の正直ということで、また同じ手順を繰り返す。さあダウンロードだが、今度はその前に専用プレイヤーをダウンロードしなくてはならない。まずはその説明ページを読みに行く。やはりと言うか、このプレイヤー上で再生されるデータは、他のマシンに持って行っても再生出来ないのだという。実に不自由な話だが、まあこの際それは仕方がないかなと思って読み進むと、さらにこんな記述があった。

「また、次のような場合にも、データの再生が出来なくなります。
・パソコンのリカバリーや初期化。
・OSの再インストールやバージョンアップ(ServicePackのインストールを含む)。
・CPUやハードディスクの変更。」

 ガッシャーン!
 …っと、目の前にちゃぶ台があったら、間違いなくひっくり返していた。
 OSの再インストールどころか、ServicePackのインストールでも再生出来なくなるだと。しかも、その場合の救済措置に関しては何も書かれていない。一体何様のつもりなんだ。そうまでして音楽データを「聴かせていただく」つもりは、私にはさらさらない。私は購入を諦めて、ブラウザを閉じた。随分時間を無駄にしたものだ。やれやれとため息をついてメーラを起動したら、「購入確認」のメールが三通届いていた。もちろん全て同じ文面で、その中にはこう書かれていた。

「ダウンロードが完了しない限り課金されることはありません。ご安心ください。」

 そりゃどうも、おありがとうございます。

 折しも先日、技術的に欠陥だらけのCDモドキが「コピーコントロールCD」と称して売り出されたところでもある。ネット上で配信販売されている書籍やマンガに関しても、各種の特殊な規格とブラウザが乱立し、それぞれに不便なコピープロテクトが幅を利かせている。一体何をどう考えるとこういうことになるのか、私には不思議でしょうがない。不正コピーを防ぐために正規購入者の権利を不当に制限し、多大な不便を強いることが、売上の増加につながると本気で思っているのだろうか。私に言わせればこうした措置は、コンビニの店先にたむろする不良集団を排除するために、入り口を狭くして鉄条網で囲っているようなものだ。それで店主が「あまり客が来てくれない」と嘆いているとしたら、頭の中身を疑われても仕方がないだろう。客にとって魅力的な商品を魅力的な店に並べて売れば、店先に不良がいようがいまいが客は増えて、売上は上がるのだ。そのためには当然、間口は広く、店先は明るくなくてはならない。なぜそこで、客に迷惑をかけ、店に入る気を削いでまで不良を排除しようという方向へ発想が行くのか、私には全く理解出来ない。
 もちろん、こうした考え方をする人々によってネット上のコンテンツビジネスがどれだけ腐ろうとどれだけ停滞しようと私の知ったことではないが、やはりどうしても一言だけ言いたくなってしまう。

「頭の中、腐ってんじゃないの?」

2002/04/12

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