ショートショート作品 No.011

『一秒』

 なるほど、だいぶ思い出して来たぞ。
 俺は、つまり宇宙人だった訳か。
 しかし、さんざん悩み苦しんだあげく、こういう最後の手段をとった瞬間に思い出すとは、いささか皮肉な様な気もするな。
 まあ、後悔はしてないさ。こうするより仕方なかった。
 故郷も両親もない孤独なただのサラリーマンだった俺が、ある日ふとした事から自分の記憶が全て作り物だって事に気付いてしまったんだ。その驚嘆と苦悩は並大抵の物じゃなかった。
 だが今、だいぶハッキリと本物の記憶を思い出して来ている。俺は、他の天体からの派遣調査員だった訳だ。地球人の姿を借り、地球人の中で生活しながら、地球の文化、科学などの進み具合、危険度などを月の裏にいる調査船に逐一報告していた。
 調査船がどんな船だったかはよく思い出せない。だが、調査期間が終わってすぐ母星に帰って行ったのは覚えている。
 俺を残して。
 そして、俺の頭の中に偽りの記憶を残して。
 つまり、俺は母星から見捨てられたんだ。色々な事を知り過ぎたって訳だな。本当に故郷がなくなってしまった訳だ。
 思い出してみれば、思い返したくもない記憶だったな。これじゃあ、何もする気がおきないよ。
 だから、今、高層ビルから飛びおりた事は全く後悔していない。
 もし俺がとても頑丈な体を持った宇宙人なら、助かるかもしれないしな。
 そうでないならそうでないでいいさ。
 まあ、それもあと一秒のうちにはハッキリするだろう。
 それにしても、なんて長い一秒なんだ。
 多分、俺の一生とおなじくらい・・・。


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